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岡山地方裁判所倉敷支部 平成6年(わ)110号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

第一  本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、平成六年六月一一日ころ、倉敷市水江〈番地略〉株式会社○○独身寮の被告人方居室において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤約〇・〇三グラムを自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。」というものである。

しかし、被告人及び弁護人は当公判廷で本件公訴事実を全面的に争い、当裁判所は審理の結果、検察官から証拠調請求のあった本件被告人の覚せい剤使用に関する同人作成の尿の任意提出書(検察官請求証拠等関係カード記載の番号29、なお、その他検察官及び弁護人から証拠調請求のあった書証については、場合に応じて各証拠カード記載の請求番号を使って検1、弁1などとして特定する。)、司法巡査作成の領置調書(検30)、被告人作成の鑑定同意書(検32)、技術吏員B作成の被告人の尿の鑑定結果の回答書(検31、以下「鑑定書」という。)並びに被告人の検察官及び司法巡査に対する各供述調書(検察官面前調書一通検12、警察官調書六通検6ないし11)はいずれも違法収集証拠(なお、被告人の検察官面前調書及び各警察官調書については任意性を否定した。以下同じ。)として本件罪証の用に供することはできないとして証拠調請求を却下した。その結果、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになり、主文の結論に達した。

そこで、以下当裁判所が検察官請求のこれらの証拠(以下、これらの証拠を一括して「本件各証拠」ということもある。)が違法収集証拠であって、証拠調請求を却下せざるを得なかった理由を説明する。

第二  当事者の主張並びに本裁判の審理経過

一  弁護人は、本件捜査は次のとおり違法であり、本件各証拠は違法収集証拠としてすべて証拠能力を否定すべきであると主張する。

1  被告人の任意同行及び採尿の前提になった被告人方居室(前記○○独身寮)に対する捜索差押許可状請求に資料として添付された乙(以下「乙」という。)の司法警察員に対する供述調書(検33、以下「本件警察官調書」という。)は、本件の捜査主任であった岡山県水島警察署(以下「水島署」という。)のA警部補(以下「A警部補」又は「A」という。)が乙の供述を実際に録取したものではなく、同警部補が乙に対して白紙の調書に署名・指印だけさせて、創作した捏造調書であり、同請求に基づいて裁判官が発付した捜索差押許可状(以下「本件捜索差押許可状」ともいう。)は、いわば、警察官から詐取されたものであって、右令状に基づく被告人方の捜索は違法である。しかも、A警部補を主任とする水島署の七名の警察官は、本件捜索差押許可状を携帯して被告人方居室を捜索した際、同許可状を使用することを憚って立会人である被告人にこれを全く提示することなく同人方居室の捜索を実施した。

2  そして、同捜索によって被告人の覚せい剤の所持・使用等を裏付ける証拠を何ら発見できなかったため、A警部補らは引き続き被告人を任意同行と称して強制的に水島署に連行し、仕事があるから帰らせて欲しいと再三にわたって要請する被告人を長時間にわたって水島署に留め置き、被告人に対し尿の提出を強制した。しかも、その尿の提出にあたっては、前記違法に任意同行し、被告人をその意思に反して長時間水島署内に留め置いたほか、「強制採尿するぞ。」とか「尿を出したら仕事のために外に出すことを考えてやる。」と言って脅迫あるいは強要した。被告人は、当日大切な仕事をひかえ、会社や同僚に迷惑をかけられないためやむなく警察の採尿に応じたもので、被告人の尿の提出は任意ではなく、令状に基づかない違法な強制採尿である。

3  本件被告人の逮捕・勾留も違法である。

警察官は、前記違法な任意同行、留め置き、採尿の後に得られた鑑定書を資料として被告人の逮捕状を請求し、被告人を逮捕したものである。しかも、任意同行から逮捕状を執行されるまで、長時間を要しており、尿提出後だけの時間をとっても五時間以上も経過し、その間被告人は違法に身柄を拘束され、さらに、弁護人依頼権さえ侵害されたものであって、被告人の逮捕には重大な違法があり、ひいては同逮捕を前提とした被告人の勾留も違法といわざるを得ない。

4  さらに、前記手続の各段階において、(1)警察官らは被告人の取調べ(事情聴取)中に、被告人の同意なくして勝手に被告人が所持していたバッグを開披して所持品検査をし、(2)被告人が別に所持していた携帯電話まで取り上げ、任意同行の間に外部との自由な交信まで妨害しており、これらの行為も違法な捜索(所持品検査)、押収である。

したがって、本件では捏造調書による捜索差押許可状請求、そうして得られた捜索差押許可状に基づく被告人方居室の捜索が「憲法及び刑訴法の定めた令状主義に反する重大な違法行為」であることは明らかであり、その後に引き続き実施された被告人の任意同行、採尿手続については「被告人の覚せい剤事犯の捜査」という同一目的に向けられた一連の捜査であり、検察官が主張するように被告人方の捜索と採尿手続とを分断して考えることはできず、最高裁が昭和五三年九月七日示した「証拠物の排除の要件」(最高裁昭和五一年あ第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁、以下「昭和五三年九月七日の最高裁判決」という。)に照らしても、鑑定書等の証拠能力は当然否定されるべきである。のみならず、本件では捏造調書の件を抜きにして考えても、前述した捜索差押許可状の不提示、強制的な連行による長時間の取調べ、弁護人選任権の妨害、強制的な採尿行為などいずれも憲法の保障する令状主義の精神を没却する重大な違法行為であり、鑑定書等の証拠能力を否定するに十分である。

また、本件逮捕状が発付、執行された後に被告人の供述調書が作成されているが、前述のように逮捕状請求の主たる証拠収集過程に警察官の犯罪行為を含むような著しい違法がある場合には、その逮捕、その後の勾留中の供述調書には任意性を認めることができず証拠能力を否定されるべきである、というものである。

二  これに対する検察官の反論は次のとおりである。

1  本件警察官調書は、弁護人の主張するように捏造されたものではなく、A警部補が実際に乙を取り調べて作成したものである。このことは、乙の取調状況、調書作成状況、調書の読み聞け状況、乙の同調書に対する署名・指印状況、その際のA警部補と乙のやり取りから明らかである。この点のA警部補の当公判廷における証言は十分信用でき、乙の取調べに立ち会っていた水島署のC巡査(以下「C巡査」又は「C」という。)の当公判廷における証言とも符合している。これに反し、乙の当公判廷における証言は極めて不自然で到底信用できない。のみならず、本件捜索差押許可状の請求は、司法警察員D(当時の水島警察署長)名義でなされているが、その際の疎明資料は、本件警察官調書だけではなく、被告人が覚せい剤を使用している旨の匿名電話の内容を記載した平成六年五月二〇日付けのC巡査作成の電話受発書(検60、ただし同書面は弁護人の不同意で検察官が証拠調請求を撤回している。)、E巡査(以下「E巡査」又は「E」という。)作成の捜査報告書(検58)なども含まれていたので、仮に本件警察官調書が添付されていなかったとしても被告人方居室の捜索差押許可状は発付されていたはずである。また、被告人方居室の捜索は本件捜索差押許可状を被告人に示して適法に執行されており違法はない。

2  また、弁護人主張の被告人方居室の捜索に何らかの違法があったとしても、その捜索の結果何も発見されておらず、押収物がなかったため、その捜索は約一五分で終了している。その後、被告人に覚せい剤使用の疑いがあったので、新たに被告人を取り調べるため水島署に任意同行し、尿の任意提出、領置などを行い、右尿の鑑定などを実施して被告人を適法に逮捕、勾留して起訴したまでであって、本件捜索が違法であったとしても、その後の任意同行等の手続の適法性に何ら影響を及ぼすものではない。それらの適法な手続によって得られた本件各証拠の証拠能力を否定すべきではない。

したがって、本件各証拠の証拠調請求を却下し、同決定に対する検察官の異議申立を棄却した裁判所の措置は不当である、というものである。

三  本件の審理経過

ここで今後の説明上必要であると考えるので、本公判の審理経過等について明らかにしておく。

1  被告人は、平成六年六月二三日(なお、今後平成六年及び平成七年の記載は前後の関係から明らかである場合は省略することもある。)勾留のまま起訴された。被告人は、起訴前の同年六月一七日平井昭夫及び佐藤演甫両弁護士を弁護人に選任し、同月二一日付けでその弁護人選任届が水島署に提出されている。そして、第一回公判前の同月二八日保釈されている。被告人は捜査段階では(少なくとも弁護人選任前までは)犯行を自白し、ほとんど争う姿勢を示していなかった。

2  第一回公判は七月二六日開かれた。その冒頭手続で、被告人及び弁護人は、犯行を全面的に否認し、特に弁護人は、本件捜査の違法を理由に、被告人の無罪を主張した。そして、弁護人は検察官請求の書証の取調請求に対し、被告人の戸籍謄本、前科関係の証拠について同意したもののその他は本件各証拠を含めて全て不同意とし、被告人の捜査段階の各供述調書については任意性を争った。もっとも、同段階では弁護人は、被告人方居室の捜索について、被告人に対する捜索差押許可状を提示されていないとしてその手続の違法性を主張したに止まる。被告人の尿の鑑定結果等については、その尿の採取手続の違法を主張し、関連する証拠を違法収集証拠として排除を求めた。そこで、検察官(当時公判に立会した検察官はL副検事である。)は、被告人の逮捕が適法になされたことを立証するためA警部補およびF巡査(以下「F巡査」又は「F」という。)を、被告人からの尿の採取が適法になされたことの立証としてC巡査、鑑定書が真正に作成されたことの立証として技術吏員Bの証人尋問を請求し、裁判所は、これらの証人尋問請求を採用した。

3  第二回公判(九月一六日)では、A警部補及びF巡査の証人尋問を行った(F巡査については尋問が終了しなかったので次回に続行した。)。同公判において、検察官は、裁判所の勧告もあって、捜索差押許可状請求書(検25)、本件捜索差押許可状(検26)及び被告人方の捜索状況を記載した捜索差押調書(検27)の証拠調請求をし、弁護人がこれら書証を同意したので、その取調べを行った。

4  第三回公判(一〇月一一日)前に弁護人から本件争点を詳細に記載した答弁書が提出され、弁護人は同公判の冒頭これを陳述した。ただし、同答弁書でも本件警察官調書の問題は取り上げられていない。

さらに、同公判で前回から引き続きFの証人尋問を実施し、その後C及びBの各証人尋問を行った。

5  第四回公判(一一月一一日)において全般的な被告人質問を実施した。被告人は、この中で、主として被告人方の捜索状況、その後の任意同行、採尿手続、逮捕・勾留状況など捜査全般について供述した。続いて検察官は、被告人の捜査段階の供述調書の任意性の立証のため、主として警察で被告人の取調べを担当したE巡査の証人尋問を請求し、弁護人も被告人の取調状況を検察官とは別の角度から聞く目的で同人の証人尋問を請求した。また、検察官は同公判で、第一回公判で弁護人が不同意とした被告人の尿の任意提出書、領置調書、鑑定書及び新たに捜査段階で作成された被告人の尿の鑑定同意書(検32)の取調べを請求した。弁護人は、当日は意見を留保し、後の準備手続期日で改めてこれらの書証について違法収集証拠として異議を述べた。

6  第五回公判(一二月九日)においてE巡査の証人尋問を実施したが、当日は取調べを次回に続行した。第四回公判から第五回公判の間に検察官は、弁護人の要請に基づいて、問題の本件警察官調書を弁護人に開示したようである。

第五回公判で、弁護人は、本件警察官調書について、乙が実際は供述していないのではないかとの疑問を投げ掛け、多数の書証(その中には乙の覚せい剤自己使用に関する六月一〇日付けA警部補に対する警察官調書写し(弁19)も含まれている。)の証拠調べを請求するとともに、乙他一名の証人尋問を請求した。

そこで、裁判所は一二月二六日改めて争点整理と証拠の採否を決める目的で第一回準備手続を実施した。検察官は当日、本件警察官調書他一通の書証の取調べを請求した。また、弁護人はA警部補の再尋問を請求した。

裁判所は相手方から取調べに同意のあった本件警察官調書その他の書証を採用し、乙、A警部補の各証人尋問を決定した。

さらに、同準備手続において、裁判所は検察官に対し、それまで多数の警察官証人が被告人方居室の捜索時に本件捜索差押許可状を被告人に提示して捜索を行ったと明言するので、その裏付けの一方法として捜索時の写真の提出を求めた。

7  第六回公判(平成七年一月二〇日)において、前記準備手続期日に証拠調べを決定した各書証を取り調べるとともに、E巡査の証人尋問を終了した。

また、検察官は、「準備手続期日に裁判官から釈明のあった点について、水島署に照会した結果、本件で被告人に対して捜索差押許可状を示している所を撮影した写真はない、との回答だった。」旨釈明した。

8  第七回公判(二月一〇日)において弁護人請求の乙、A警部補の各証人尋問を行った。乙証人は同法廷で、本件警察官調書はA警部補の求めに応じて白紙の調書用紙に署名・指印だけした旨の証言をした。裁判所はA警部補の弁解も聞いたうえ、事の重大性に鑑み前回約束して留保中の本件証拠(検29ないし32、6ないし12)の採否の決定を延期してもよいと双方当事者に計ったが、検察官・弁護人とも約束どおり本日決定されたい旨の主張があったので、これらの証拠調請求を却下する旨の決定をした。同時に留保中の検14から20の被告人の前科関係の書証の証拠調べを行った。

次回の三月七日の第八回公判では検察官・弁護人がそれぞれ論告、弁論を行う予定になった。

9  ところが、期日外の二月一五日検察官から前記裁判所の検29ないし32、6ないし12の証拠調請求却下決定に対し異議申立がなされた。これに対し、弁護人は、二月二八日右異議申立に対する意見書を提出した。そして、検察官側は右異議理由の立証として、三月二日新たに多数の捜査資料(検35ないし45)並びに乙、丙(以下「丙」という。)、A警部補、C巡査、E巡査、G警部補(事件当時の水島署の防犯課長、以下「G警部補」ともいう。)、H(水島署の事務員)ら七名の証人尋問を請求した。そこで、裁判所は前記弁論等の予定を変更し、第八回公判(三月七日)で検察官請求の書証のうち弁護人が同意した書証を採用して取り調べ、丙及びC巡査の証人尋問を決定した。なお、同公判期日からは新たに岡山地方検察庁倉敷支部検察官Mが審理に加わり、第九回公判以降は同検察官がL副検事に替わって公判を担当した。検察官は、三月三〇日期日外で、前記証拠調請求却下決定に対する異議申立の補充書を提出し、四月一〇日更に検53ないし80の書証の追加取調請求をなした。裁判所は、第八回公判で若干の被告人質問を行った。

10  第九回公判(四月一四日)において、証人丙、同Cの証人尋問を行った。さらに、弁護人が新たに検察官請求の書証について同意した分を採用して取り調べ、弁護人が当日証拠調請求した弁28ないし40の書証を検察官の同意を得て取り調べた。なお、証人尋問後、裁判所は前回採否を留保した乙及びA警部補の各証人尋問を決定し、G、E両警察官及びHの各証人尋問を却下し、検察官は同却下決定に対して異議申立をしたが、裁判所は、異議理由が明らかにされなかったので同申立について直ちに却下した。

11  第一〇回公判(四月二五日)においてA警部補(第三回)、乙(第二回)の各証人尋問を行い、第一一回公判において、先に検察官から提出されていた検29ないし32、6ないし12の証拠調請求却下決定に対する異議申立の棄却決定を言い渡した。そして、第一二回公判(六月一三日)検察官の論告、弁護人の弁論を経て本件は終結したものである。

本件の審理経過等は以上のとおりである。

第三  被告人方居室の捜索差押許可状の請求から被告人の逮捕・勾留に至る事実経過(捜査の内容)、その間の違法捜査又は捜査の問題点

一  まず、関係証拠によれば、被告人方居室の捜索から被告人の本件覚せい剤取締法違反罪による逮捕・勾留までの捜査経過に関して次の事実が認められる(もっとも、争点について後に必要に応じて個々に更に詳しく検討する。)。

1  被告人方居室の捜索差押許可状の請求について

同捜索差押許可状の請求は、前示のとおりD名で平成六年六月一四日倉敷簡易判所裁判官あてになされ、同日本件捜索差押許可状が発付されている。同請求書に添付された疎明資料は、本件警察官調書のほか、E巡査作成の平成六年六月一〇日付け捜査報告書(同報告書には被告人の所在や稼働先の調査、平成六年五月二〇日C巡査あてに被告人が覚せい剤を注射している旨の匿名電話があったことなどが記載されている。)、C巡査作成の右匿名電話に関する電話受発書等が含まれていた。また、前記捜索差押許可状請求書で、被疑事実は「被疑者(被告人)は、平成六年五月下旬ころの午後五時ころ、倉敷市沖六〇番地パチンコ店「大天狗」東側路上において、みだりに覚せい剤一包(約〇・一グラム)を所持したものである。」というもので、捜索場所として、「倉敷市水江〈番地略〉○○株式会社従業員寮内被疑者の使用する部屋及び付属建物」、差し押さえる物として、「覚せい剤、同水溶液、同容器、注射器……」などとなっており、請求どおり本件捜索差押許可状が発付されている。

2  被告人方居室の捜索について

同捜索は、平成六年六月一五日午前六時二〇分から午前六時三五分までの間、株式会社○○独身寮内の二階の被告人の使用する部屋(被告人方居室)を対象に、被告人を立会人として実施されたが、差押さえるべき物の発見に至らず終了した。

(1) 捜索の指揮はA警部補がとり、同人が本件捜索差押許可状を所持していた。同捜索に参加したのは、A警部補の他水島署の防犯課に属していたI巡査部長、E巡査、C巡査、J巡査、F巡査、K巡査ら七名の警察官であった。捜索には予め写真撮影用のカメラ、採尿用器具が準備されていた。捜索にあたって、まず、C巡査及びE巡査の二人だけで前記従業員寮の玄関先に行き、他の警察官は防犯車内に待機していた。E巡査がドアをノックしてドアを開けた後、C巡査が玄関先から「甲さん。」と声を掛けると二階から被告人の声がして被告人が二階から駆け降りてきたので、C巡査が「私達が来たらどういう意味か分かるでしょう。」「覚せい剤の件であなたの名前が出たから捜索に来たのだ。」と言って、E巡査が防犯車に待機していたA警部補ら他の警察官を手招きし、被告人、C巡査、E巡査以下他の警察官の順序で階段を上がり、被告人の部屋に入り捜索を開始した。

(2) A警部補は、捜索中、被告人に対し「覚せい剤を持っているか。」と聞いたところ、被告人は「もうない。一か月くらい前に打った。」旨答え、C巡査が「注射器と覚せい剤があるなら出しなさい。」と言ったら、被告人が「ない。」と答えた。さらに、C巡査は被告人に対し、「尿を出してもらえないか。」とも言ったが、被告人は尿を提出しなかった。

3  水島署への任意同行及び同署での被告人からの採尿行為など

(1) A警部補は捜索終了後、被告人に水島署まで同行を求め、被告人は結局A警部補の求めに応じ、水島署へ同行することになった。被告人は、防犯車(マイクロバス)の最後部座席に乗車し、その横にF巡査が座った。途中、被告人が「当番で会社の倉庫とか事務所の鍵を開けなければならないので、会社に寄ってくれ。」などというので、被告人の勤務する株式会社○○の事務所に寄って行くことになった。被告人は、右○○前で降車し、C巡査、F巡査が被告人に付添い、被告人は、三階の事務所のシャッターや部屋の鍵を開け、その後再び防犯車に乗って午前六時五五分ころ水島署に到着し、被告人は車から降り三階の防犯課の第一取調室に入った。

(2) 被告人は、同所で署員が用意したパンとコーヒーで朝食をとった後、E巡査から、覚せい剤の検査をするから尿を提出するよう促され、一旦は午前七時三〇分ころE巡査とC巡査が付き添って三階の便所に行ったが、採尿用の紙コップを便器に落としたりして、警察官は採尿できなかった。

(3) 午前七時三〇分ころから午前八時ころまでE巡査がC巡査立会のもとで被告人の取調べをし、被告人が五日前に覚せい剤を打った旨の供述を録取した警察官調書を作成した。取調べに際し、E巡査は被告人が所持していたセカンドバッグについて所持品検査をし、被告人が別に所持していた携帯電話を預かった。

(4) 被告人は、防犯課の電話を使って仕事の段取りのため外に電話をかけたが、その際は被告人が言う電話番号に警察官が電話し、一度は相手が電話口に出たところで被告人に代わり、他は発信音を聞いて被告人に電話を替わった。

被告人は、午前九時三九分C巡査に尿を提出した。

その尿は鑑定依頼書とともに午前一〇時三五分ころ岡山市内の岡山県警察本部刑事部科学捜査研究所に届けられ鑑定に付された。

(5) なお、水島署では被告人が、自宅でも水島署でも、「朝トイレに行ったばかりで尿がいま出ない。」などとして尿の任意提出に容易に応じなかったことから、被告人に半ば無理やり前記朝食のコーヒーの他コーヒー、お茶、ジュース等の水気のものを数杯飲ませた。また、その間J巡査が被告人の右腕の注射痕を撮影した。

4  その後の被告人の逮捕に至る経緯

(1) 採尿後被告人は、どうしても当日しなければならない仕事があるというので、午前九時五五分ころ仕事に出掛け、I巡査部長、E巡査及びF巡査が被告人に付き添った。最初の仕事は資材を運ぶ仕事でパナホーム岡山営業所へ行く仕事であり、トラックが必要ということで、警察で資材運搬用の自動車を用意することになり、まず、E巡査運転の普通乗用自動車でC巡査の警察寮に行き、C巡査所有のハイラックス(荷台の付いたトラック)に乗り換えて行った。そして板金をパナホーム岡山営業所から倉敷の生坂の団地に運んだが、約束では午前一〇時までに運ぶことになっていたので、時間に間に合わず、その日板金を使った仕事はできなかった。その後、被告人は、当日会社の職員が不祥事をして取引先の清和建設から午前一一時に呼び出しを受けていたので、遅れて午前一一時二〇分か三〇分ころ同建設に行ったが、F巡査が付いて来て事務所で交渉中、ソファの隣の席に座ったりし、清和建設からは、遅れたことに関して皮肉を言われた。そして午後零時一五分ころ水島署に戻った。清和建設から水島署に帰る途中に被告人の自宅(会社の寮)があるので、被告人が付添いの警察官に「時計とか財布を寮に忘れたので取りに帰らせてくれ」と頼んだが、警察官はこれを無視した。

(2) 食事したのち午後一時ころ被告人は再び仕事上の用事があったので、警察官の同意を得て水島署を出発した。午後からは、C巡査、F巡査、J巡査及びK巡査が同行し、警察の前記防犯車で出掛けた。最初の仕事は、現場の職人と打合せをする必要があり、被告人は警察官に「一人で出してくれ」と言ったが、警察官に「一人ではだめだ。」と言われ、職人達の手前、被告人はその仕事をあきらめた。そこから大和ハウス倉敷営業所に回ったが、警察官二、三人が付き添った。そこから倉敷市連島の屋根瓦の補修の仕事に行き、屋根に上がって瓦の補修の仕事をしたが、警察官も屋根まで上がってきた。一階の屋根の補修の仕事はしたが、二階の屋根に上がろうとしたら、C巡査から「これ以上、上にあがるな。」と言って阻止された。

(3) 被告人の尿の鑑定結果から覚せい剤反応が出たのは午後一時二五分ころで、直ちに前記科学捜査研究所から水島署に電話連絡が入ったが、その時刻には被告人は警察官とともに外出していた。

(4) 水島署では被告人の提出した尿から覚せい剤反応が出たことから、直ちに書類を整え倉敷簡易裁判所裁判官あてに逮捕状を請求し、午後二時三〇分ころ逮捕状の発付を得て、被告人が水島署に帰ってきた午後三時三分被告人に逮捕状を執行した。

被告人の勾留手続は翌一六日午後採られている。

以上の事実が認められる。

二  次に前認定を踏まえて、本件で、弁護人が主張するような違法捜査があったかどうかについて検討する。

1  本件警察官調書は、A警部補がいわゆる白紙調書に供述者である乙に署名・指印だけさせて創作した捏造調書であり、本件捜索差押許可状に基づく被告人方の捜索が違法であるとの主張について

(1) 本件警察官調書は参考人調書で、A警部補が平成六年六月一〇日岡山刑務所内で覚せい剤取締法違反罪で勾留されていた乙を取り調べて作成した供述調書の体裁を整えている。

その内容は概要次のとおりである。

「平成六年五月終わりころの午後五時ころ、私が友達と待ち合わせていたため、旧二号線沿いで老松西交差点南西角の倉敷市沖六〇番地パチンコ店大天狗前に居たとき、甲(被告人)が三菱ギャラン白色の普通乗用自動車の助手席に乗って私の前に止まって話かけてきた(この車は後部トランク上に警察の無線アンテナと同様のアンテナが付いていて、最初覆面パトカーが来たと思いびっくりした。)。この時の甲の状態は、よくしゃべる、目が座っている、脂汗をにじませている、ホホがやせ落ちているなどといった覚せい剤常用者特有の様子をしていたので、私が『甲さん、まだいきよんか。』と覚せい剤を使用しているのか尋ねたら、甲が、『いっているでえ、あるからいるか。』と言いながら、作業着のズボンのポケットから、いままで何回も見て知っている覚せい剤のパケ一包(約〇・一グラム)を裸のまま見せてくれた。私は『今、わしも持っているから。』と言って断りました。」などというものである。

前記捜索差押許可状請求書記載の被疑事実からみて、本件警察官調書が右捜索差押許可状請求の重要な疎明資料になっていることは明らかである。

(2) 乙は当公判廷(第七回、第一〇回公判)で、「本件警察官調書は、自分の面前で作成されたものではない。A警部補が岡山刑務所に自分の覚せい剤自己使用の件で取調べに来たとき、帰り際に、『お前の組関係や家族関係のことで刑が軽くなるように調書を作ってやるから。』などと言って署名・指印を求めたので、同人の言いなりに白紙調書に署名・指印だけしたものである。」などと証言している。

弁護人は、本件警察官調書がA警部補において捏造した調書である根拠として次の諸点を掲げている。

〈1〉 乙の証言態度には、取り繕う、隠す、構えるといった態度は全く認められず、その内容は解りやすく具体的で前後に矛盾もない。また、同人が被告人のために警察署や検察庁を敵にまわして明らかな偽証を犯す理由もない。

〈2〉 乙が、平成六年五月終わりころ被告人と会うことは物理的にも不可能である。

乙は、平成六年五月九日傷害罪で児島署に逮捕され、同月一一日から同月二〇日まで同署に勾留され、同日別件の覚せい剤取締法違反罪で再逮捕され引き続き児島警察署に留置され、同月二二日同署に勾留された。その後、平成六年五月三〇日覚せい剤取締法違反罪で起訴され、同年六月二日に岡山刑務所に移監され、その後、乙の覚せい剤取締法違反被告事件について同年七月二〇日に勾留更新決定がされているのでその時点まで岡山刑務所内に身柄を拘束されていたことが明らかである。

したがって、本件警察官調書には現実には存在し得ない事実が書かれている。

〈3〉 乙は、右のように児島署内で身柄を拘束されて一か月余にわたって連日取り調べられていたのであるから、六月一〇日の時点で間違っても、「五月の終わりころ」にパチンコ店大天狗の前で被告人に会ったという話をするはずがない。

A警部補は、平成六年四月一九日に乙から尿の提出を受けた後は、同人の尿から覚せい剤反応が出たこともあって、同人をいずれ本格的に取り調べるためマークし、児島署の取調べが終了するのを待っていたはずである。事実、A警部補は、六月一〇日の取調べに先立って、五月三一日には児島署に出向いて乙の記録を読むなどして児島署の取調状況を把握するとともに、同人の覚せい剤使用に関する簡単な取調べまで行っている。このような状況下で、乙の前記供述がでるはずがなく、仮に乙がそのような明白な虚偽の供述をすれば、捜査歴二二年に及ぶA警部補が簡単に見破っていたはずである。覚せい剤所持の容疑で、裁判所に捜索差押許可状の請求がなされた場合、捜索する「必要性」の時期的判断の基準として、覚せい剤所持の通常の事案においては、裁判官によって幅はあるものの「請求の日より一か月以内の間に所持していた。」ことの疎明が必要であり、A警部補は裁判所のこうした令状裁判の実務に合わせて、本件において捜索差押許可状を得んがため、時期的にあり得ない所持の容疑でもってあえて被告人の犯罪を捏造したものと思われる。

(注 なお、関係証拠によると次の事実が認められる。A警部補は平成六年四月一九日、ゲーム機賭博事件で倉敷市連島町所在の喫茶「とんとん」に立ち入った際、同店から出て来た乙を発見し、同人が覚せい剤を使用している疑いがあったので、水島署に任意同行し、採尿したが、その際、乙が「自分は執行猶予中であり、刑務所に行くには金を持っていく必要があり、その用意があるから一度帰らせてくれ。」と言ったので、同人を帰宅させている。そして、同月二〇日乙の尿から覚せい剤が検出された。乙には、当時その他に前記児島署が立件した傷害、覚せい剤取締法違反(自己使用)罪等の事件があった。また、乙は、平成五年一二月三日岡山地方裁判所で恐喝、同未遂、覚せい剤取締法違反、道路交通法違反罪で懲役二年、三年間執行猶予(同月一八日確定)の前科があり、また、児島署が立件した傷害罪等の事件や水島署が立件した覚せい剤取締法違反事件については最終的に他の余罪も加えて、平成六年九月一六日岡山地方裁判所で脅迫、傷害、覚せい剤取締法違反(三回の覚せい剤自己使用)罪で懲役二年に処せられ、同裁判は同年一〇月一日確定し、前記執行猶予も取り消され、同人はそのまま服役している。)

〈4〉 内容的にみても、本件警察官調書は不自然である。

同調書は枚数的に七枚半からなるが、被告人が覚せい剤をパチンコ店大天狗の前で乙に見せた旨の供述はあるものの、その記載がいかにも唐突である。

乙がパチンコ店大天狗に何の目的で、誰と、どのようにして行ったのかについては、「友達と待ち合わせのため。」と述べているのみで、その他には全く述べていない。

また、同調書では、被告人の住所、生年月日や関係者である丙の住所、生年月日、パチンコ店大天狗の住所等がいずれも正確に記載されており、乙と被告人との関係からして、乙が被告人の住所、生年月日等をそれほど正確に記憶していたとは到底考えられず、また、パチンコ店大天狗の住所についてもその番地まで知っているのはいかにも不自然である。

〈5〉 また、乙を実際に取り調べて、捜索差押許可状請求書に記載された被疑事実のような内容を聞きだしたとするなら、その後の水島署の被告人に対する取調べが不可解である。

本件の捜査は、A警部補が捜査主任で、以下順にI巡査部長、E巡査、C巡査、F巡査、J巡査、K巡査という構成でなされている。その中で、当初からE巡査が中心となって被告人の取調べを行い、ほとんどの警察官調書はE巡査が作成している。しかし、当のE巡査は、前記乙が供述した被告人の被疑事実については全く調べていないし、A警部補からその取調べを命じられていないと当公判廷で証言している。本件の被告人の覚せい剤使用の公訴事実(被告人の起訴事実)とパチンコ店大天狗の覚せい剤所持の件とは時期的に近接し、そのため本件で使用した覚せい剤との関連を詰める必要があるはずなのに、前記E巡査が被告人のパチンコ店大天狗の覚せい剤所持の件を取調べなかったのは、取調べの常識に反する。A警部補も、「取り調べたというよりは、私がスチームの上に座って話をしたことはあります。」と当公判廷で弁解し、取調べらしい取調べがなかったことを暗に認めている。このことは、被告人のパチンコ店大天狗の覚せい剤所持の被疑事実は、捜査側警察官が当初から存在しないことが分かっていたと考えるのが合理的である。

〈6〉 A警部補が、六月一〇日岡山刑務所で乙を取り調べて同人の覚せい剤の自己使用に関する供述調書を作成し、さらに、乙を実際に取り調べて本件警察官調書にあるような供述調書を作成することは時間的に不可能である。

A警部補が作成した乙の覚せい剤自己使用に関する調書は一三枚半、本件警察官調書は七枚半からなっている。岡山刑務所長作成の捜査関係事項照会回答書(検36)によれば、A警部補の当日の取調べは、午前一〇時一五分から同一一時五五分までと午後一時三五分から同四時〇五分までなされている。

乙は、児島署や岡山地方検察庁で傷害、脅迫及び覚せい剤取締法違反罪で連日取調べを受けているが、確定記録として残っている一二通の調書のうち、一日で作成された最も多い枚数の調書は七枚の調書である。A警部補は、「乙の自己使用の件の調書は当初、予め児島署に赴きメモしていたので六月一〇日には遅くとも午後一時半ころまでに一三枚半の調書を書き上げ、読み聞けまで済ませた。」旨証言し(第七回公判)、その後「自己使用の調書は、五月三一日に調べていたので前日に六枚位予め作成して、六月一〇日はその続きを作成した。午前中に四枚作成し、午後食事を済ませ乙が取調室に連れて来られるまでに一、二枚、乙が来てから一、二枚書いて終わり、読み聞けについては後からまとめて読んだ。」などと証言を変えている(第一〇回公判)。A警部補は、第七回公判の証言のままでは、到底一三枚半の調書を午後一時三五分までに作成できず、そのままだと乙の本件警察官調書を作成する時間がほとんどないことになるという矛盾に気付き、第一〇回公判のような内容に殊更変更したと考えられる。しかし、第一〇回公判のA警部補の証言を採用しても、乙の自己使用に関する調書はどんなに早くとも、午後二時ころまでかかったと思われ、その後の調書の読み聞けの時間に相当時間がかかり、その上に、乙やA警部補の証言によると、その後雑談となり、A警部補は乙の頼み事や相談に乗っており、本件警察官調書を作成する時間はないといえる。しかも、本件警察官調書は、一から六ときちんと項目が分けられ、事件の日時、関係者の生年月日等細かく記載され、筆跡も丁寧で神経を集中しているとすら窺える。誤記の八箇所については、全て定規を使って縦線を引き訂正までしているのであって、残された短時間の間にこのような丁寧な供述調書を作成するのは不可能である。

〈7〉 A警部補の当公判廷における証言、特に第七回公判と第一〇回公判との間には、前示の他にも納得できない重大な変遷がある。

第七回公判ではA警部補は、a六月一〇日に初めて乙から甲のことを聞いたと証言し、b本件警察官調書末尾に添付してある被告人の面割写真については、偶然所持していた旨証言し、c当日作成したと主張する乙の二通の調書の読み聞けの時期についても、まず、乙の自己使用に関する調書を午後一時三〇分ころ作成し、すぐ読むか見せるかして確認させ、その後本件警察官調書の作成に移ったなどと証言しながら、第一〇回公判では、a乙は五月三一日の児島署での取調べの時に被告人が覚せい剤を使用している旨の供述をほのめかし、六月一〇日には乙の覚せい剤自己使用の件と一つには被告人の覚せい剤の容疑を本格的に取り調べるため予め準備をして行った旨証言し、b被告人の面割写真については、E巡査に予め用意させ、当日は同人から借りたアタッシュケースに入れて持って行った旨証言し、c二通の警察官調書については、先に被告人の自己使用に関する調書を作成し、読み聞け等は後回しにし、引き続き本件警察官調書の作成に移り、その後に両調書の読み聞け等を行い、乙の署名・指印をもらった、と証言している。

しかも、A警部補の証言は、基本的な点をはぐらかし、あいまいにする点が多く到底信用できない。

〈8〉 本件警察官調書の内容は、当公判廷で調べた証拠を総合すると、A警部補が主として丙から入手した情報をもとに捏造したものと推認するのが相当である。

丙とA警部補とは平成四年六月ころ知り合い平成六年四月当時相当親密な関係にあり、A警部補は丙から覚せい剤の情報を得ていたようである。

一方、丙は、被告人や乙ともそれぞれ親しくしていた。丙は、平成六年三月に覚せい剤取締法違反罪(なお、弁護人は暴力行為等処罰に関する法律違反、覚せい剤取締法違反、詐欺罪と述べているが、この点は証拠上明らかな誤記と認められる。)で懲役一年二月の刑を受け、これを不服として控訴し、同年四月ころは保釈が許可されて社会内にいた時期である。丙は、平成六年四月覚せい剤使用の疑いで水島署に検挙され、尿を提出し、その尿から覚せい剤が検出されていた。水島署は何故か同人のその事件をうやむやにしている。A警部補は、平成六年六月五日の日曜日に、丙を岡山市内の喫茶店に呼び出し、この喫茶店で丙から覚せい剤に関する情報を聞き出そうとし、被告人の覚せい剤使用に関する疑惑についても聞いている。A警部補の当公判廷での証言(第七回、第一〇回)では、それ以上具体的なものはなく、被告人の覚せい剤使用にまつわる事情聴取といいながら、被告人の住所や車、また、乙のことなど聞いていないというものである。丙も当公判廷で、「被告人のことを聞かれたような気もします。覚せい剤をやっているのかというような内容でした。」と答えるにとどまる。しかし、A警部補にとって、六月五日までに被告人に関して得ていた情報を確認することや、新たな情報を得ることは丙を頼りにする外なかったはずである。

当然、丙に対して、すでに入手していた被告人の情報の確認やその他の情況の提供を求めたはずである。その際、被告人の当時の生活状況、交際範囲、住所、電話番号、勤務先、勤務状況、被告人の車にかかわる情報の確認あるいは提供を受け、五月五日に丙と被告人が質屋まで行く途中に、丙が乙と遭遇した事実の粗筋を聞いたはずである。

本件警察官調書は、このようにしてA警部補が、丙から得た情報をもとに、被告人に対し、覚せい剤所持の容疑でもって強制捜査を可能ならしめるようアレンジして創作したと断ぜざるを得ない、

などというものである。

(3) ところで、A警部補の第一〇回公判での証言の要旨は次のとおりである。

「本件警察官調書作成時にはC巡査も立ち会っている。当日乙を取調べに行った目的は、乙自身の覚せい剤の自己使用に関する件と被告人の覚せい剤事犯について参考人として乙を取り調べるための二つあった。乙を参考人として取り調べることになったのは、同年五月二〇日、被告人に対する覚せい剤取締法違反に関する匿名の電話があり、かねて同容疑で被告人を内偵していたところ、同年五月三一日E巡査立会のもと児島警察署で短時間乙を取り調べた際、乙が『甲と丙がチョン、チョンしょうる。』と洩らし、被告人の覚せい剤使用の事実を話しかけたためである。五月三一日の児島署での取調べの時はあまり時間がなく、自分は近々被告人が刑務所に移監されることを知っていたので、『自己使用とその話は刑務所で聞く。』と言って当日の取調べを終えている。そして、児島署から帰って早速C・E両巡査に被告人の所在捜査をするよう指示するとともに、同年六月五日ころの日曜日、確証を得るため岡山市内の喫茶店で丙と会い、丙から被告人が覚せい剤を使用している旨の情報も得ていた。当日乙を取調べに行く前、自分は被告人と面識がなかったので、E巡査に被告人の面割写真を準備させた。六月一〇日刑務所では、午前一〇時一五分ころ、取調室に入り、机をはさんで正面に乙、A警部補の左側にC巡査が座り、取調べを始めるに際し、乙に対し『自己使用と土産の話を聞く。』旨言うと、乙は『ええで。』と答えたことから、事前に用意していたメモやその時の乙の話を聞き、その後乙の自己使用の調書の作成にかかり、五月三一日に供述を得て事前に作成してきていた六枚に次いで、午前中に四枚程度、昼食をはさんで午後零時三〇分ころから乙が取調室に来る前に一、二枚程度調書を書き、乙が取調室に来てから一、二枚録取し、乙が昼食後、取調室に帰って来てから約三〇分間の午後二時ころまでに乙の自己使用の調書を完成させた。そして、乙に対して『土産の話を聞くから。』と言ったところ、乙は『ええで。』と言ったので、人定を告げた直後、E巡査に指示して準備してきた被告人を含む一一枚の面割写真を示して、乙に被告人を特定させた。そして、順次乙から被告人の覚せい剤所持の事実を聞いていったが、乙は、被告人が覚せい剤を持っていた時期について最初『一か月くらい前。』、その後『半月位前かな。』と言った。会った状況は『被告人は警察の無線のようなアンテナのついたギャランの車に乗っていて、最初被告人が乗っているとは判らず、その車を見たとき、自分はその時覚せい剤を持っていたか、直前に使用していたかでびっくりした。』旨供述し、被告人の状態は『痩せている、汗を流していた。』旨述べていた。さらに、乙の供述をメモに基づき一、二枚調書を作成したところ、乙が被告人と会った場所(犯行場所)が明らかでないことに気付き、乙に『どこのことか。』と尋ねたところ、乙は『大天狗』だと答え、横にいたC巡査に『大天狗は何なら。』と尋ねると、C巡査と乙は『パチンコ店』と答えて、さらにC巡査は『沖か沖新町にある。』と答えたが、正確に場所を特定する必要があると思い、C巡査に『一〇円玉ある。』と尋ねたら、C巡査は『二、三〇円ならある。』と答えたが、自分も昼間にコーヒーを飲んだ釣銭が七、八〇円あることを思い出し、C巡査から小銭を受け取らず刑務所内の食堂の前の刑務官の待機所に行き、水島署に『沖か沖新町にあるパチンコ店大天狗の所在地を地図で調べてくれ。』と電話したところ、防犯課長のG警部補が電話に出て、一、二分して『沖六九』という答えが返ってきたので、これをメモし、調室に戻って、このメモに基づき本件警察官調書にパチンコ店大天狗の所在地番を記載した。本件警察官調書作成後、乙に当日作成した同人の覚せい剤の自己使用に関する調書と本件警察官調書を続けて読み聞かせ、その後両調書に乙が署名・指印した。それが終わって、片付けていると、乙が『相手に分かるんか、わしが公判に出なければならないのか。』と尋ねてきたので、『そんなことはまずないだろう。』と答えたところ、乙は『もし公判に出頭するなら否認するぞ。』と言うので、自分は『否認すりゃええが。』と言った。」などというものであり、C巡査も第九回公判で右A警部補の証言とほぼ符合する証言をしている。

検察官は、A警部補の証言(第一〇回公判)は、具体的詳細で実際に体験したものでなければ供述し得ないものであり、本件警察官調書は、A警部補が岡山刑務所に乙を取調べに行った目的、その際面割写真等を準備したこと、取調状況、調書作成状況、乙の署名・指印がなされた状況、署名・指印後の乙とA警部補とのやりとり、パチンコ店大天狗の所在地番の訂正がなされている事実などからして、弁護人が主張するように、いわゆる白紙の調書用紙の上に乙に署名・指印させてA警部補が勝手に作成したものではなく、A警部補が平成六年六月一〇日実際に乙を取り調べて、その供述を録取したものであることは明らかである、というものである。

さらに、検察官は、同主張を裏付けるものとして次の諸点を掲げている。

〈1〉 C巡査は、乙の取調後、水島署に帰り、乙の供述したとおりの車があるか否かを確認するため、即日E巡査を伴い、被告人の居住する株式会社○○の独身寮へ視察に行き、乙の供述どおりの車が独身寮前にあったことを確認している(押収してある写真二枚(平成七年押第八号の一、二))。

〈2〉 本件警察官調書のパチンコ店大天狗の所在地番が「倉敷市沖六九番地」から「倉敷市沖六〇番地」に訂正されている。パチンコ店大天狗の正式な所在地番が判明したのは、倉敷警察署防犯課に対する照会とこれに対する回答によるもので、右回答は平成六年六月一三日なされている(E巡査作成の電話受発書(検35))。A警部補は、前記のとおり、同月一〇日の岡山刑務所での取調べの際、パチンコ店大天狗の所在地番につき、水島署へ電話し「倉敷市沖六九番地」であるとの回答を得て、パチンコ店大天狗の所在地番をそのとおり本件警察官調書に記載していたのを、右のように訂正したものである。とすれば、本件警察官調書は乙の取調べの際作成されたことは明らかである。

〈3〉 弁護人指摘のとおり、A警部補が第七回公判の証言を第一〇回公判で変更していることは事実である。しかし、その変更については次のような合理的理由があり、A警部補の第一〇回公判における証言こそ真相を語っている。

aA警部補は第七回公判期日を失念しており、当日裁判所からの電話連絡であわてて出頭したものであって、気が動転していた、b情報提供者である乙を無意識に庇った、というものである。

〈4〉 また、乙の証言(第七回公判、第一〇回公判)は、尋問された事項に誠実に答えるというものではなく、自分の思ったことを尋問と関係なく述べ、本件のいわゆる白紙調書に関する供述も以下のとおり不自然であり、全く信用できない。すなわち、乙の第七回公判における供述は、自己使用に関する調書について、一三枚半取られているのに二、三枚である旨、読み聞けについて「わからなかったです。聞いていなかったですから。」と全く理解できない供述をしている。そして、平井弁護人から「先程二つ署名したと言われましたが、もう一つは何の件だったのですか。」の尋問に対し、「警察にパクられる前に暴力団を破門になっていて、仕事をしょうたんならしょうたでええように書いちゃるけん。名前と指印だけ押せえと言われたんです。時間がないからということでした。」と、尋問に対しての直接の答えになっていないことを突然供述している。また、その後の尋問に関して、

問 何枚白紙の紙があったかわかりませんか。

答 赤色の紙の一番右端に書いたのです。二列目から。

問 それでは当然、読み聞けされていないですね。

答 はい、何を書いたかわかりません。

検第33号証を示して、

問 この最後のページの署名部分を見てほしいのですが、このように前から二~三行目空けて署名・指印したのですか。

答 そうです。

乙は、弁護人の誘導尋問にただ単に「そうです。」などと答えているにすぎない。また、乙の右供述のうち、「赤色の紙の一番右端に名前を書いていたのです。」との供述は、事実と相違するため、弁護人が再度本件警察官調書を示して、誘導している。しかも、本件警察官調書を一見して明らかなように、本件警察官調書の乙の署名・指印の前の三行の部分に前頁から文脈の通じた文章を同じタッチで「ぴったり」と挿入・記録することは、経験則上至難の業である。

A警部補は、乙の覚せい剤自己使用の調書と本件警察官調書を読み聞かせ、乙に署名・指印させた後、乙から、「わしが公判に出なければならないのか。」と尋ねられたのに対し、「そんなことはまずないだろう。」と答えたところ、乙が「(公判)に出たらわしは否認するぞ。」と言ったので、A警部補は「否認すりゃええが。」と答えた。乙は、被告人ら(丙も含む。)のことを警察に告げ口し、被告人の覚せい剤取締法違反の事実を述べたことが明らかになったことから、これが外部に明らかになることを恐れたか、あるいは、そのことに嫌悪感を持った挙げ句当公判廷で嘘の証言をしたものである、

などというものである。

(4) そこで考察するに、当裁判所は、当事者の前記主張並びに関係各証拠をつぶさに検討したが、本件警察官調書は、弁護人主張のとおり、白紙調書に乙が署名・指印しA警部補が内容を創作した捏造調書であると考えざるを得ないものである。この点の弁護人の掲げる根拠は十分納得できる。さらに、その理由として以下の点も掲げることができる。

〈1〉 まず、本件警察官調書に書かれている乙と被告人がパチンコ店大天狗前で会って被告人が乙に覚せい剤を見せた事実は客観的証拠に照らして、全くの虚構の事実である。

平成六年五月終わりころ乙は児島署に勾留されており、被告人とパチンコ店大天狗前で会うことが物理的に不可能であることは弁護人指摘のとおりであるが、その日の点はA警部補の証言どおり、A警部補が乙の「半月前」と言ったのを六月一〇日から単純に遡らせて五月終わりころと誤って記載してしまったと考えられないことではないが、関係証拠上乙と被告人が該当する日ころパチンコ店大天狗前で出会って会話を交わした事実はないことが明らかにされている。検察官は、平成六年五月五日乙、丙及び被告人がパチンコ店大天狗前で接触した事実をあげ、これをもとにして乙がA警部補に嘘の供述をした、と主張するようである。確かに、被告人の第八回公判における供述、乙の第一〇回公判証言及び丙の当公判廷における証言並びに押収してある質入申込書(前同押号の三)及び質物台帳写(同号の四)によれば、同日被告人と丙がそれぞれ別々の普通乗用自動車に乗って、被告人が丙の頼みで同人を倉敷市内の質屋に案内しているとき、パチンコ店大天狗前付近国道上で丙の乗った自動車と乙の乗った自動車が擦れ違い、乙がUターンして来て両者が付近の駐車場で立話しをした事実は認められる。しかし、その時被告人は、丙の前を走行しており、丙の合図で前方に一時停止した事実はあるが、同人は自動車から一切降りておらず、乙とは一言も話していない事実が明らかになっている。したがって、被告人が同所で乙に覚せい剤を示した事実は存在しないものである。

丙は当公判廷で、検察官から「被告人は乙に大天狗前で覚せい剤を見せたことがないということですが、乙はそういうことがあったと喋ることはありえますか。」との質問に対し、「わざと嘘を言ったか、なかったことをあったと勘違いして喋ることはあると思います。」と証言している。しかし、関係証拠によれば、被告人と乙とは平成四年六月ころ水島署で同時期に勾留されていたことがあり、両者はそこで知り合ったようであるが、乙は当時未成年であり、その後両者が接触をもった事実はない。乙が被告人に特に悪意を持っている事情も窺えない。当裁判所で乙を二度にわたって証人尋問した印象では、殊更警察官に媚びて他人を陥れる人物ともみられない(この点は後に更に検討する。)。

検察官は、乙が覚せい剤常用者でその後遺症としてありもしない事実を証言する可能性があると主張したいようであるが、検察官は、一方では六月一〇日作成された乙の覚せい剤の自己使用に関する供述調書の方の信用性を疑っていない。乙自身も第一〇回公判で、「六月一〇日A警部補に自己使用についてありもしない事実を供述していない。」「当時はだいぶしゃんとしていた。被告人の件についてありもしないことを話した事実はない。」と証言している。そもそも、本件警察官調書は、整然とした調書で覚せい剤取締法違反容疑で被告人方居室の捜索差押許可状を請求するための疎明資料としては一面非常によくできている。捜査官でもなく、きちんとした教育も受けていない乙が創作できるような内容ではないといえる。

〈2〉 検察官は、乙が六月一〇日刑務所でA警部補に被告人の覚せい剤所持の事実を供述した裏付けとして、検40、41の写真二枚(押収してある写真二枚(平成七年押第八号の一、二))を証拠として提出している。

C巡査の第九回公判における証言によれば、六月一〇日の乙の取調べの中で出てきた被告人の警察車両に似た三菱ギャラン白色アンテナ付き車両を捜しに当日E巡査と一緒に○○独身寮に行き、その車を発見したので写真撮影した、というものである。前掲写真二枚には確かに該当する車が写っている。しかも、同写真は六月一〇日に撮影されたものと認められる。検40の写真(前同押号の一)は、一本のフイルムに写っている写真のべた焼きのものであり、1から12の写真が写っており、検41の写真(前同押号の二)に、その10番の写真を焼き付けたものである。検40の写真はいずれも、被告人が当時居住していた○○独身寮又はその周辺の写真と認められる。写真の日付印から見て、六月七日、六月九日、六月一〇日の三日間にわたり写真撮影がなされている。しかも、六月一〇日の写真は前記被告人車両を撮影したものだけにとどまらず、○○独身寮周辺の写真も何枚か含まれている。前掲弁護人主張のとおり、A警部補は、六月五日に岡山市内喫茶店で丙と会った際、当然被告人に関する情報を入手したと推察でき、その中には、五月五日に被告人がパチンコ店大天狗の近くを運転していた車両の特徴も入っていたと考えられる。したがって、警察官が六月七日から被告人方を熱心に視察していた事情も納得できる。そうすると、警察官は、乙の取調後初めて、被告人方の視察を開始したものではないと認められ、同所の何日間かの視察の過程でたまたま被告人車両の撮影に成功したとも考えられる。また、これは乙自身も認めているように(第一〇回公判)、乙は、平成六年五月五日パチンコ店大天狗付近路上で被告人運転車両を目撃し、この事実を六月一〇日雑談の中でA警部補に話しているのであるから(乙は被告人とは会話を交わしていないが、通り過ぎた警察車両に似た自動車が被告人車両であることを丙から聞いた、というものである。)、当日C巡査らが同車両を○○独身寮まで確認に行っても不思議ではない。しかし、六月一〇日の警察官撮影の写真の中に特徴のある被告人車両が写っている事実から直ちに、六月一〇日に乙がA警部補に被告人の覚せい剤所持の事実を実際に供述し、その供述調書が作成されたとまでいえないことは明らかである。

〈3〉 次に、本件警察官調書を子細に検討してみると、弁護人指摘のとおり、被告人の住所や生年月日、丙の住所、生年月日等が正確に記載されており、事前に十分な資料に基づいて人物特定がなされている。特に被告人については、「元住居、倉敷市水島東寿町〈番地略〉」「現在居、倉敷市水江〈番地略〉○○株式会社従業員寮」「工員、甲、昭和二九年三月一三日」と記載され、念のいったことに被告人の前科まで記載されている。しかし、被告人の新旧の住所は平成六年六月一〇日付けのE巡査の捜査報告書(検58)で初めて明らかにされている。本件警察官調書の前記記載部分は同報告書をもとに作成された可能性が濃厚である。A警部補は、六月一〇日は朝から岡山刑務所に出掛け乙を取り調べている。六月一〇日の乙の取調べの時点で同報告書に目を通すのは不可能である。A警部補がわざわざ刑務所から電話をかけて被告人の正確な住所を確認したような状況もない。また、検察官は、パチンコ店大天狗の所在、地番が訂正されていることを重要視し、A警部補が六月一〇日刑務所から水島署に電話をかけ、G警部補が電話で教えた所在地番をそのまま書き込んだが、後日正確な地番と異なっていたので訂正したというものである。この事実は第一〇回公判でA警部補が強調し、検察官はこれを裏付けるものとして右G及び水島署の事務員Hの証人尋問を請求し、裁判所はその請求を却下した。検察官はこの裁判所の訴訟指揮に強い不満を表明している。しかし、A警部補は弁護人所論のとおり六月五日丙と会って乙や被告人のことを聞いており、その時当然パチンコ店大天狗前で乙と被告人が接触する機会があった事実を入手したものと考えられる。そして、A警部補は、前記のように用意周到に関係者の住所、氏名、生年月日等を調べて乙の取調べの準備をしながら、重要な犯罪場所であるパチンコ店大天狗の所在調査だけ怠り乙の取調べに臨んだということはいかにも不自然である。しかも、調書の中では、乙はパチンコ店大天狗の場所について「旧二号線沿いで老松西交差点南西角にあるパチンコ店大天狗」とまで特定して供述しているのである。乙がA警部補の示唆もなく、地図も見ないで、パチンコ店大天狗の所在場所をそこまで特定できたとは考えにくい。

そうすると、A警部補は岡山刑務所以外の場所で本件警察官調書を作成する際、手持ちの資料を見てパチンコ店大天狗の所在・地番等を記載し、後日正確な地番と異なっていたため訂正したとも考えられる。検察官請求の証人尋問を却下した理由は、いずれも水島署の職員で証人の立場等を考えれば到底客観的証拠とはいい難く、もはや必要性もないことが明白だったからである。

〈4〉 その他、A警部補(第一〇回公判)及びC巡査(第九回公判)の各証言によれば、両名とも乙の取調べに関して、本件警察官調書の内容についてはよく記憶しているが、その他の事実については記憶していないとか、聞いていないなどとして殊更証言を避けようとする態度が顕著で不自然である。例えば、A警部補は、佐藤弁護人の「参考人調書の中で、『乙が待ってた』とありますが、誰を待っていたのですか。」との質問に対し、「その点については聞いていません。」と答え、また、同弁護人が「当日の乙の行動で他に何か聞いたことはありますか。」と質問したのに対し、「聞いていません。」と答え、さらに、同弁護人が「参考人調書の中には『乙と甲が近況の話をしており』とありますが、被告人と乙がどんな話をしていたか聞いていますか。」と質問したのに対し、「聞いていません。」と答えている。

C巡査は、平井弁護人が「何のためにそこ(大天狗前の意)にいたと言いましたか。」と質問したのに、「人と待ち合わせのためだと思います。」と答え、同弁護人が「どういう手段で乙はそこに行ったのですか。」と質問したのに対し、「手段は聞いていません。」と答え、同弁護人の「どこから大天狗へ行ったか調書に記載がないですね。」との質問に対し、「記憶ありません。」と答え、同弁護人が「乙は車のどの席に座っていましたか。」と質問したのに対し、「覚えていません。」と答え、同弁護人が「乙は誰かと同行していたと言っていましたか。」と質問したのに対し、「分かりません。」と答え、最終的に「今まで述べたとおり述べたことは覚えていますが、述べていないことは覚えていません。」と証言している。両証人とも、調書に書いてある事実は証言できても、それ以外の事実はもともと体験していない事実であるから供述できず、ことさら想像で供述することによって矛盾が露呈するのを恐れているかのようである。検察官は、第七回公判以後、本件捏造調書の問題が出てきて、本件警察官調書については写しを含めてすべて検察官において回収し、記憶に基づいた証言を得ようと努力したようであるが、検察官において水島署を徹底して調査あるいは何らかの犯罪容疑で捜索したわけでもなく、水島署で検察庁に本件警察官調書を送付するに当たって、その写しを取っていないとの保証はどこにもないというべきである。

〈5〉 検察官は、A警部補の第一〇回公判における証言は具体的詳細で、体験したものでなければ供述し得ないものであり、他方乙の各証言態度は誠実さがなく、意味不明な点もあり不自然であると主張する。検察官が何をもってA警部補の証言は信憑性が高く、乙証言は不自然であるというのか理解し難いが、A警部補が相当な経験をもつ警察官で質問の意図もよく理解しており、第一〇回公判に臨むにあたっては十分の準備をしてきたと推察され、それなりに説得力のある証言をすることは当然予想される。しかし、乙の証言はたどたどしい中にも真実性が感じられる。確かに、乙は元暴力団員で生活態度も問題である。法廷での印象では単純な性格のようであり、特に自己の損得を考えて嘘の証言をできるような人物ではない。

しかも、A警部補やC巡査の証言態度、証言内容と比較すると、はるかに一貫性があり信用できるというべきである。検察官は、乙が本件警察官調書の自分の署名・指印の位置についてさえ覚えておらず、しかも一旦は事実と異なる証言をした旨主張している。しかし、乙は当初、「赤色の紙の一番右端に名前を書いたのです。二列目から。」と証言している。確かに、同調書の署名は四行目になされている。しかし、四列目と二列目の違いがそれほど大きな違いとは思われない。単なる記憶違いといえる。また、検察官は、本件警察官調書の署名・指印の前の三行の部分に、前頁から文脈の通じた文章を同じタッチで「ぴったり」と挿入・記録することが経験則上至難の技である、と主張している。しかし、この点の本件警察官調書の記載を見てみると、前頁裏五行目から一〇行目(末行の一つ前の行)までに「この甲さんは人が良いだけ覚せい剤仲間に利用されている面も多く現在は、おじさんの会社(○○(株))で工員として真面目に働いているそうです。しかし、覚せい剤と手を切っていないと、いずれ捕まることは、分りきっていることなので、狂わないうちにやめてもらいたいのです。」となり、さらに、同頁の末行から次頁の署名の前の三行までに「私も覚せい剤をやめますので真面目にする気でいる甲さんの覚せい剤をやめさせてもらうため今日甲さんのことを話したのです。」となっている。本件警察官調書は参考人調書である。その中に、乙自身の反省の気持ちが書かれているのも不自然であるが、被告人(甲)に対する乙の言い訳がくどすぎるような印象をうける。前頁から署名までの言葉はほとんど意味の上ではその直前の内容の繰り返しである。行を埋めるためくどくどと文章を挿入したともいえる。検察官主張のように同じタッチで「ぴったり」と文章を挿入したというには拙劣である。さらに、検察官は、乙が白紙調書に署名・指印したのは、A警部補が警察に捕まる前に暴力団を破門になったり、家族のことや仕事をしていたならしていたでいいように書いてやるから、と言ったからであると証言しているが、乙は当時すでに親もなくなっており、家族もなく、組関係もないことから不自然、不合理であると主張する。しかし、関係証拠によれば、乙が元暴力団員で当時も暴力団関係者であったことは明白であり、乙には離婚した妻との間に子供もあり、子供にかなりの執着を持っていた事情も窺える。乙の前記証言部分が格別不自然とも思われない。検察官は、A警部補の証言内容の変遷につき、前示のようにA警部補を擁護している。しかし、aA警部補が公判期日を失念し、出頭時刻に遅れて気が動転していたため、嘘を言ったと主張しているようであるが、気が動転していて十分な証言ができなかったり、失念することはあっても、嘘の証言をする理由にはならない。bA警部補は情報提供者である乙を無意識に庇ったとの主張に対しては、抽象的には理解できるが、本件では、A警部補と乙との関係からいってA警部補が自らを窮地に陥れて、乙を庇う合理的理由はないといえる。しかも、A警部補は第七回公判でも、乙は「被告人が覚せい剤を所持していた事実を供述した。」と証言しているのであって、A警部補の第一〇回公判証言と比べて第七回公判における証言がどれほど乙を庇うことになるのか理解できないところである。

〈6〉 本件で特に慎重に検討すべきは、乙が、被告人側の圧力又は働きかけ、あるいは何らかの意図のもとに殊更虚偽の証言をしていないかということである。しかし、全証拠を検討しても、被告人に組織的な背景はなく、被告人側で乙に圧力を加えたとか、何らかの働きかけをして被告人に有利な証言を引き出したような形跡は皆無である。そもそも、本件審理経過から明らかなように、弁護人は当初本件警察官調書の存在すら気付いていなかったようである。後に検討するように、被告人は弁護人に捜索差押許可状を示さず、被告人方居室の捜索をしたとの被告人の訴えに対し、すでに捜索差押許可状を入手していた警察官側が同許可状を示さずに被告人方居室の捜索を実施していることの真偽並びにその事情に疑問を持っていた状況が窺えるのであって、本件はまさに審理の過程で偶然明らかになった事実であったといえ、乙の証言が被告人関係者の何らかの働きかけによって意図的になされたような情況は一切ないといえる。

また、前示のように乙と被告人とはそれほど親しい間柄でもなく、乙が嘘を言って警察官に敵対してまで被告人を庇うような事情もないといえる。

以上によれば、本件警察官調書は、いわゆる白紙調書に供述者である乙が署名・指印だけし、内容はA警部補が創作した捏造調書であることはもはや明白である。

そうすると、捜査機関が同調書に基づいて発付された本件捜索差押許可状を行使できないことは明らかであり、本件捜索差押許可状に基づく被告人方居室の捜索は違法といわざるを得ない。

検察官は、本件捜索差押許可状請求の疎明資料としては本件警察官調書のほか、C巡査作成の電話受発書(検60)やE巡査作成の捜査報告書(検58)も添付されており、仮に本件警察官調書が添付されていなかったとしても、本件捜索差押許可状は発付されていたと主張している。しかし、これらの書証を検討しても、本件警察官調書を抜きにして捜索差押許可状請求書記載の被疑事実の疎明は不可能であり、本件捜索差押許可状の発付も到底ありえない。A警部補自身も第七回公判でその事実を認める証言をしている。なお、検察官は特に主張していないが、A警部補作成の平成六年六月一三日付け捜査報告書(検59)が存在し、内容的に本件捜索差押許可状請求の添付書類で疎明資料と考えられる。同書面の捜査の経過欄には本件警察官調書の記載内容が一部でている。しかし、前検討のとおり、本件捜索差押許可状請求書の被疑事実が実際は存在しないもので、A警部補が創作した事実であるとすると、同報告書に基づく捜索差押許可状の取得も許されないことは明らかであり、たとえ同報告書に基づいて本件捜索差押許可状が発付されたとしても、同様本件被告人方居室の捜索が違法であることに変わりがない。

したがって、この点の検察官の主張も採用できない。

2  被告人方居室の捜索の際、本件捜索差押許可状(以下「令状」ともいう。)が立会人である被告人に示されていない、との主張について

前検討のとおり、本件捜索差押許可状は警察官が不当な手段で手に入れたものであるから、本件捜索差押許可状に基づいて被告人方居室を捜索すること自体違法であって、本件捜索において令状が示されようが示されまいが、もはや今後の結論に影響はないのであるが、弁護人は当初からこの点を強く指摘しているので若干検討を加えておく。

被告人は当公判廷で、本件捜索の際、警察官から本件捜索差押許可状を示されていない、と供述している。しかし、A(第二回公判)、F、C(第三回公判)及びEの各警察官は当公判廷で、被告人方居室の捜索に当たってA警部補が本件捜索差押許可状を被告人に示していると断言している。

本件において、後にも検討するように、水島署警察官の当公判廷における証言は互いに口を合わせたり、随所に他の状況証拠から考えて不自然な点が目立ち、直ちに信用し難い。かえって、被告人の供述は、多少誇張があっても前記警察官証人と対比するならはるかに信憑性が高いと認められる。本件では、A警部補において前認定のように本件捜索差押許可状を違法な手段で取得した後ろめたさがあったことは否定できない。加えて、検察官の釈明によれば、被告人方居室の捜索において本件捜索差押許可状を被告人に示している現場の写真は一切存在しないということである。A警部補(第二回、第七回公判)とE巡査は当公判廷で、捜索に際して写真撮影をすることが多いことは認めつつも、写真撮影がないこともあると弁明する一方、本件現場にカメラを持参したが、誰が写真撮影を担当していたか、当日の捜索の際の役割分担についてはっきりしない旨それぞれ証言しており、本件で写真撮影を省略した理由について納得のいく説明ができないものである。

検察官は、写真撮影については、令状執行の適法性を客観的に担保する方法として、令状を示しているところを写真撮影をすることが適切であることは言うまでもないが、法令上捜査員に義務づけられるものではなく、右の一事をもって令状を示していないということはできない、と主張している。検察官の反論にあえて異をとなえるものではないが、本件では前記のように令状を示し難い事情があり、写真撮影の準備までしながら通常実行している写真撮影がなされなかったということは、弁護人所論のとおり、令状を示さず被告人方居室を捜索したと疑うに足りる十分な情況があるといわざるを得ず、被告人の前記供述と併せ考慮すると、その疑いを払拭することはできない。結局、検察官主張のように被告人方居室の捜索において本件捜索差押許可状を提示したと認めることはできない。

3  被告人の任意同行、採尿手続などの問題点

(1) 任意同行について

弁護人は、本件任意同行に関して、早朝警察官が被告人方居室に押し掛け、承諾もしないのに部屋に上がられ、令状も見せずに部屋の中を捜索されたのであるから、被告人において、これらの警察官に反抗したらどうなるかわからないという恐怖心が生じるのは通常であり、その上、七名もの警察官に囲まれた状態で「署まで同行してくれ。」と言われたら、事実上同行を拒絶できるはずがない、と主張している。

ところで、E巡査は当公判廷で「捜索中、被告人に対し『覚せい剤を持っているのか。』と聞いたところ、被告人は『もうない。一か月くらい前に打った。』旨述べた。」旨証言し、A警部補(第二回公判)及びC巡査(第三回公判)はそれぞれ当公判廷で「A警部補が捜索終了後、被告人に対し『事情を聞きたいので署まで同行してくれ。』と言うと、被告人は嫌がる態度はほとんどなく『自分のしたことは、自分で責任とらんといけん。』『覚せい剤のことで来られているなら行きます。』と率先して言い出した。」旨証言している。

しかし、被告人は当公判廷で「『(警察官から)署まで同行してくれ。』と強く言われ、『仕事があるから行けない。』とはっきり何回も言いました。自分の車で行こうとしたら、『自分の車でいくな。』と言われ、それで警察の三菱デリカという車で行きました。途中、工場のシャッターと会社の鍵を開けました。三階の事務所には三人の警察官が同行し、同所で、私は署まで同行する意思もなく、椅子に腰掛けて仕事の段取りをしようと思っていたとき、『行くぞ。』と強要され、結果的には真意ではなかったが、同行した。」旨供述している。

ところで、後に認定するように被告人は○○で重要な地位にあり、当日も大事な仕事をひかえていたのであり、その後の経過から窺えるように被告人には覚せい剤使用について身に覚えがあり、警察で尿を提出すれば覚せい剤使用事犯が発覚する恐れは十分あった、そのような情況下で被告人がA警部補らが証言するように進んで任意同行に応じたとは到底考えられない。他方、前検討の結果によれば、A警部補は捜索差押許可状請求書に書かれている被疑事実が虚構の事実であることを熟知しており、捜索に加わった他の警察官もA警部補が本件捜索差押許可状を携帯しながらこれを示さないで被告人方居室の捜索を実施しているのであるから、事情は一応了解していたと思われ、警察官が、本件捜索にかけた時間がわずか一五分程度であったことは右事実を推察させるものである。A警部補らにおいて、捜索の結果被告人の覚せい剤取締法違反容疑を裏付けるような物は何も発見されない事態はある程度予想できたものであり、被告人を水島署に任意同行して採尿することは前もって検討していたものと推察できる。したがって、被告人の前記供述は、A、E及びCら警察官の証言よりもはるかに信憑性が高いといえる。

しかして、本件警察官調書が捏造されたものであり被告人に捜索差押許可状請求書に書かれたような被疑事実はもともと有り得ないことからすると、本件で警察官らが被告人に対し、その意思に反して警察署まで任意同行して覚せい剤取締法違反容疑で取り調べる必要性も緊急性も認められない。検察官は、被告人が「覚せい剤を一か月前に注射した。」旨述べるので、覚せい剤使用の嫌疑があることから任意同行を求めた、と主張するが、一か月前の覚せい剤使用について尿から覚せい剤反応が出る蓋然性はほとんどないことは経験則上明らかである。

そうすると、本件任意同行も、弁護人主張のとおり、被告人の意思に反する違法なものであったといわざるを得ない。

(2) 被告人の採尿について

弁護人は、多数の根拠を挙げて、本件被告人の採尿も強制による違法なものであった、と主張する。

E巡査及びC巡査(第三回公判)は当公判廷で、被告人を水島署に任意同行後、被告人から採尿するまでの経緯について概要次のように証言している。

「被告人は、パンとコーヒーで朝食をとった後も、E巡査が『覚せい剤の検査をするから尿を提出してください。』と言ったところ、『分かった。自分のしたことだから男らしく出す。』とか、『五日くらい前に覚せい剤を打った。男らしく自分から尿を提出する。』旨言ったので、E巡査とC巡査が被告人と共に三階の便所に行き、被告人は放尿しようとしたが、尿が出なかった。被告人は採尿用の紙コップを便器に落としたりした。午前七時三〇分ころから被告人の事情聴取をし、被告人が五日前に覚せい剤を注射した旨の調書を作成したが、被告人は事情聴取中も携帯電話で仕事の段取りについて外部に電話していた。事情聴取するに際し、E巡査は『セカンドバッグの中に何が入っているか、見せてもらえませんか。』と言って、被告人の所持していたセカンドバッグの中を見せてもらった。午前八時ころから『携帯電話機の電池がなくなったとか、電話代がかかる。』と言って、防犯課の電話を貸してくれと言うので、防犯課の電話の使用を許した。午前九時三〇分ころ、被告人の方からC巡査に対し『尿が出るかもしれないから、もうそろそろ出してみようか。』と言って便所に行くことを申し出たので、C巡査は午前九時三九分ころ便所に行き、採尿した。」などというものである。

他方、被告人は当公判廷で要旨次のとおり供述している。

「私は、取調室に入って約束とか仕事の段取りが気になったので何回も席を立ったが、『座れ、座れ』と言って肩を叩かれ、『落ち着け、落ち着け。』と言われ、セカンドバッグについては中に何が入っているのかという感じで、私が返答する間もなく開けられ、中身を机に並べられました。セルラー電話も最初机の上に並べられ、電話をしようとしたらC巡査に取り上げられました。私は、『令状も見てないし、逮捕状も出てないのに勝手にそんなことができるんかな、電話くらい自由にさせてくれ。』と言いました。セルラー電話は、後で会社の人が面会に来てくれたときにその人に返還されました。当日外に出ているが、セルラー電話と鞄は持って出ていない。その後電話はA警部補から『会社関係なら許す。』と言われた。電話をするときは、すべて鞄の中にあった電話帳を出して、『ここに電話してくれ。』と指すとそこに電話していた。全部ではないが、中には刑事が相手を確認して受話器を渡したこともあり、会社の人から『どこに居るんなら、さっきの誰なら。』と言われた。E巡査、C巡査に『弁護士協会に電話させてくれ。』と言ったが、できませんでした。尿の提出までにコーヒー二杯、ジュース一杯、お茶を五杯飲まされた。『腹が一杯だからいいです。』と断ったが、『まあ飲め。飲めば小便がはずむから。』と言われた。尿を出すまでに外に出してくれと一〇回くらい言いました。私は、仕事のことについて『私は責任者でもあるし、他の者ではいけない。私が動かないと大きな問題になる。かならず行かせてくれ。』と言いました。私は、四〇人くらいの職人を統括して施行の段取り、それから重大な工務店を監督しているので、私以外では話にならん所も数カ所あります。警察官は最初信じてくれませんでしたので、仕事について、一つ一つ紙に書いて理由を説明しました。警察は『小便を出したら考えてもいい。』と言いました。小便を出すことと外に出してくれることが交換条件だと感じました。C巡査から『このまま時間が経過して、小便を出す気がないなら強制採尿という手もあるんど。』とか『反応が出るか出んか、賭けてみい。出なかったら儲けもんじゃろうが。』と言われ、結局採尿に応じた。尿を出すまで警察にいたのは真意ではなかった。」などというものである。

被告人の供述には迫真性が認められ、無碍に排斥できないものがある。E巡査が証言するように、被告人において進んで採尿に応じたものでないことは、警察官は被告人方の捜索に際し採尿器具を用意して行ったが、被告人は同所で尿を提出していないこと、被告人の任意同行から採尿まで二時間半以上、捜索から三時間も経過していること、警察官は被告人に対し、常識では考えられないほどのコーヒー、ジュース等を半ば強制的に飲ませていること(この点はF巡査も、被告人が複数の飲物を飲んだ事実は認める証言をしている。)などから明らかである。被告人が午前七時三〇分ころ一旦採尿に応じようとしながら、採尿用のコップを便器に落としたのもその抵抗の現れではなかったかとも考えられるが、その事実関係は必ずしも明らかでない。

前記E巡査及びC巡査らの証言は次の事実からも信用できない。

携帯電話(セルラー電話)を携帯していた被告人が自分の用事で電話をかけるのに、「電話代がかかる」などと言って警察の電話を借りるのは不自然である。また、被告人は午前一〇時ころから警察官に付き添われて所要のため外出しているが、仕事で外に出る以上携帯電話は必要であると思われるのに、これを携帯していないのも疑問が残る。警察官は被告人の供述するとおり、被告人が外部と自由に連絡をとることを許していなかったと認められる。

そうすると、被告人の採尿も、警察官が被告人に対し、心理的強制を加えるなどしてある程度強制的に行ったものと推認でき、任意捜査として許容される限度を超えた違法があるといわざるを得ない。

(3) 採尿後の任意同行について

採尿後から被告人が逮捕状を執行されるまでの経過については前認定のとおりである。この点で検察官及び弁護人の間で事実認識に余り差はないようである。

ただ、検察官は、被告人が仕事の用事で水島署から外出するノ際し、警察官が同行することを同意ないし容認していた、と主張している。

しかし、弁護人は、通常、仕事先に警察官が同行すれば相手方に怪しまれ、取引先から信用を失い、部下や職人からも信用されなくなるだけでなく、場合によっては重要な取引先を失うなどの重大な損失を伴うのであって、このようなことを被告人が進んで許すはずがない。本件でも被告人は、「ついてこないでくれ。」と何回も言っており、それでも警察官が同行することを容認せざるを得なかったのは、警察官の同行が外出の条件のように扱われたからであると主張し、被告人は当公判廷で、弁護人の主張に沿う供述をしている。弁護人の主張はもっともである。現に被告人が警察官が同行することで当日予定した仕事の一部を断念していることは前認定のとおりである。また、仕事先との商談の席上逮捕もされていない被告人の横に警察官が同席するなどやはり問題である。

また、検察官は午後からの外出はすでに被告人から採取した尿から覚せい剤反応が出て、これが水島署に連絡があった後であるかのような主張をしている。

技術吏員Bの当公判廷における証言によれば、前記科学捜査研究所で被告人の尿から覚せい剤が検出されたのは当日午後一時二五分ころであり、直ちに水島署に連絡されている事実が認められる。しかし、関係証拠によれば、午後一時ころには外に出ており、付き添った警察官もその連絡は受けていないと認められる。C巡査は第三回公判で、これと異なる証言をしているが、明らかに虚偽の証言と認められる。結局、被告人は採尿後から逮捕状執行の午後三時三分まで五時間、水島署に任意同行後から八時間に渡って自由を制限され、事実上の違法な身柄拘束状態にあったといわざるを得ない。

検察官は、警察官は、被告人の仕事の便宜を図り、トラックまで用意し、被告人の要望を尊重していることと、被告人の仕事については何ら支障を生じていないなどとして本件任意同行は適法である、と主張しているが採用できない。

ところで、岡山県警察の取扱いでは覚せい剤取締法違反で容疑者を警察署に任意同行して採尿して科学捜査研究所の鑑定に回す場合、尿の鑑定結果がでるまでの数時間警察に留め置く場合と容疑者の要望を入れて一旦帰宅させる場合があるようである。A警部補の場合、それを恣意的に運用し、場合によって一旦帰宅を許して恩を売り後の情報提供の手段にさえしているようである。本来、容疑者を緊急逮捕するだけの要件がなければ、容疑者の全く任意の同意がある場合、あるいは容疑者が精神錯乱状態にあるなど警察官職務執行法三条の要保護状態にある場合など例外的場合を除いて、一旦帰宅させ逮捕状の発付を得て後日逮捕状の執行をすべきであって、警察の一般的取扱いに問題がある。以上によれば、弁護人主張のとおり被告人方の捜索を別にしても、その後警察官が採った、採尿のための被告人の任意同行、採尿手続及び採尿から逮捕に至るまで本件捜査には憲法三一条、三三条、三五条及び刑事訴訟法二一八条一項等の規定に照らして違法捜査の疑いが強いといわざるを得ない。

第四  本件各証言の証拠能力について

そこで、これまでの検討結果を踏まえて本件各証拠の証拠能力について判断する。なお、当裁判所が証拠調請求却下決定をした本件各証拠の中には、任意提出書、領置調書、鑑定同意書及び鑑定書並びに被告人の検察官面前調書及び警察官調書六通(以下、一括して「被告人の供述調書」ということもある。)が含まれているが、任意提出書及び鑑定同意書については、弁護人が同意しておらず、伝聞証拠としてもともと採用できない性質のものである。そして、領置調書だけでは被告人の供述調書中の自白の補強証拠として不十分で、本件では鑑定書が採用できなければ、冒頭記載の本件公訴事実を立証することは不可能である。その意味では同証拠の採否こそ重要であるが、弁護人は本件各証拠全部について違法収集証拠として証拠排除を求めているので、これらすべてについて検討する。

一  弁護人及び検察官の見解は前示のとおりであって、弁護人は、本件では警察官の捏造調書によって捜索差押許可状が取得され、同許可状によって被告人方居室の捜索が実施され、その後警察官は被告人の意思に反して任意同行、採尿行為に及んでおり、これを全体としてみるとき本件捜査の違法は誠に重大であり、のみならず、本件では本件捜索差押許可状の問題を抜きにしても、捜索差押許可状の不提示、強制的な任意同行、強制採尿、長時間の被告人の事実上の身柄拘束など重大な違法捜査が繰り返し行われており、いずれにしても昭和五三年九月七日の最高裁判決の証拠物排除の要件に照らしても本件各証拠の証拠調請求に対する却下決定は当然である、と主張し、検察官は本件警察官調書はA警部補が実際に乙を取り調べて作成したものであり、その他に違法捜査は一切行われておらず、仮に被告人方居室の捜索に何らかの違法があったとしても、捜索の結果何も発見されておらず、その捜索はわずか約一五分で終了し、その後は被告人に覚せい剤使用の疑いがでてきたので新たに被告人を水島署に任意同行し、尿の任意提出を受け、尿の鑑定結果から覚せい剤反応がでたので被告人に対する逮捕状等を得て、その執行として被告人を逮捕・勾留したまでであって、本件各証拠の証拠能力を否定する理由にはならない、というものである。

二  本件でA警部補が乙の供述調書(本件警察官調書)を捏造したこと、それに基づいて司法警察員Dが裁判官に被告人方居室の捜索差押許可状を請求してその発付を得て、A警部補ら水島署の警察官七名が被告人方居室を捜索したこと、その際は被告人の覚せい剤取締法違反の犯行を裏付ける証拠は発見されなかったこと、そして被告人を水島署に任意同行し、被告人から採尿し、鑑定の結果、被告人の逮捕、勾留の手続きが採られたことはこれまで検討してきたとおりである。被告人方居室の捜索が重大な違法行為であり、その際仮に覚せい剤等の証拠物が発見されたとしてもその証拠能力を認めることができないことはほとんど異論がないと思われる。問題は、その後の任意同行、採尿行為を検察官主張のように違法な捜索とは切り離して取り扱うことができるか否かにある。

そこで考察するに、弁護人所論のとおり、a本件は覚せい剤事犯であり、一般的にみて、覚せい剤を所持しているという疑いを持っていれば、当然に自己使用の疑いもあること、b警察官によって捏造された本件警察官調書においては、乙が被告人と会ったとされるパチンコ店大天狗前では、被告人が覚せい剤を常用しているかのように記載されていること、c本件警察官調書が捏造されたものであり、被告人の覚せい剤所持の可能性は全くの見込みにすぎず、警察ではおざなりの捜索しかしておらず、しかも被告人方の捜索にあたって採尿器具まで持参していることなどからすると、警察官は被告人方居室の捜索に際して、初めから被告人の覚せい剤取締法違反罪を裏付ける物の発見に至らなかった場合、当然被告人から尿を採取して、被告人の覚せい剤使用の証拠を得ようと企図していたと推認できる。

そうすると、被告人方居室の捜索、被告人の任意同行、採尿及びその後の被告人の逮捕・勾留まで本件捜査は一連の捜査として考えるべきである。

そして、本件警察官調書が捏造調書であり、被告人方の捜索が令状主義を無視した違法行為であることを考慮すると、早朝七名もの警察官が私人の自宅に押し掛け、承諾も得ないで家宅捜索し、任意同行の必要性、緊急性も認められないのに被告人を警察署に任意同行し且つその意思に反して強制的に採尿する行為は、憲法三五条及びこれを受けた刑事訴訟法二一八条一項等の令状主義の精神を没却するような重大な違法があるといわざるを得ない。そのような違法捜査から得られた本件各証拠を証拠として許容することが将来における違法捜査の抑制の見地からして相当でないことは明らかである(本件では、関係証拠によれば、警察官は、被告人の違法な採尿に引き続き、前記のとおり長時間違法に被告人の身柄を拘束し、被告人の尿の鑑定の結果等を疎明資料として被告人の逮捕状を請求し、さらに被告人の勾留状を得ている。したがって、逮捕状執行前に作成された被告人の司法巡査に対する供述調書(検6)のほか、逮捕・勾留中に作成されたその他の警察官調書及び検察官面前調書も当然違法な逮捕、ひいては違法な勾留中に作成された供述調書として任意性を否定すべきである。)。

また、本件では前認定のとおり、本件警察官調書の問題を抜きにしても、任意同行、採尿手続、長時間の事実上の身柄拘束など深刻な違法捜査が繰り返されており、これだけとっても本件捜査の違法は誠に重大である。

いずれにしても、本件各証拠の証拠能力を否定し、その証拠調請求を却下した当裁判所の判断に、誤りはないと考える。

第五  最後に、前示の審理経過から明らかなとおり、裁判所は事の重大性に鑑み裁判所自身が一旦決定した証拠調請求却下に対する検察官の異議申立についても直ちに排斥せず、そのための証拠調べに多くの時間をかけ慎重に審理し、A警部補には十分な弁明の機会を与えたが、事実関係はもはや明白である。

本件ではA警部補の行為によって警察官調書の捏造という重大な違法行為が行われている。さらに、前記のとおり被告人方捜索に加わった水島署の警察官が本件警察官調書の問題をある程度察知していたと推認できる。その他にも違法捜査が繰り返されている。しかも、遺憾なことには本件で前記捏造調書の問題が表面化した以降、水島署防犯課長G(G警部補)以下防犯課全体で証拠隠滅を図ろうとした事情が窺われる。A警部補及びC巡査は法廷で一旦証言した内容を平然と翻して新たな証言をしているばかりか、A警部補は本件警察官調書が捏造調書でないことをいうために同調書内のパチンコ店大天狗の所在地が訂正されていることに目をつけ、前記のような供述をするに至り、前記G警部補らがこれを裏付ける証言をしようとしたが、そのような証拠を裁判所が採用しないのは当然である。覚せい剤等の薬物犯罪はもともと密行性のある犯罪で、犯罪の捜査・犯人の検挙が困難であることはそれなりに理解できるが、刑事裁判の目的は、基本的人権の保障を全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正に適用実現することにあり、本件のような憲法や刑事訴訟法の定めた令状主義を無視するような違法な捜査を許して被告人を処罰することは到底できない。

第六  結論

以上によれば、被告人の本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 正木勝彦)

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